NICUでの日々

NICUと父親。

NICUの保育器と周辺の機材の画像。保育器に青い光が当てられている。
masaki

次女がNICUに入ってから、僕はほぼ毎日病院に通っていました。

仕事の合間を縫って、長女の送り迎えをして、その足で病院へ行く。
それが当たり前の生活になりました。

父親として何ができるのか、正直よく分かっていませんでした。

でも、ひとつだけははっきりしていました。

「現場にいること」

これだけはやろうと思いました。

NICUでは、医師からの説明を受ける場面が何度もあります。手術のこと、検査のこと、今の状態のこと。

妻と一緒に、医師から何度も説明を聞きました。

妻はまだ産後で動けなかったり、体調が安定しなかったりする日もあります。だから、僕が聞いて、理解しようと思いました。

ある日、妻が発熱でNICUに来られなくなった日がありました。

「写真と様子、聞いてきてほしい」

そう言われて、一人で面会に行きました。

「説明は任せてください」
「ちゃんと聞いてきます」

そんなLINEを送っていました。

責任感というより、「やるしかない」という感覚に近かったです。

いつもは2人で見ている風景を、1人で見る。
それを持ち帰る。

その役割が、自分の中で少しずつ父親っぽい仕事になっていきました。

家では、長女がいます。
2歳前後で、一番手がかかる時期です。

保育園の送り迎え、ご飯、お風呂、寝かしつけ。

正直、余裕はほとんどありませんでした。でも、振り返ると、この期間は、「家族を回す側」に初めて立った時間だった気がします。

父親として何が正解かは、最後まで分かりませんでした。

ただ、現場に行くこと。
話を聞くこと。
家族に伝えること。

それをやり続けることが、自分なりの役割でした。

ABOUT ME
高橋昌希
高橋昌希
サイト発起人
2025年12月、第二子(次女)が25週・804gで誕生。NICUでの経験を通じ、同じ立場の家族がつながれる場をつくりたいと思い、Webサイトを発足。仕事は、福祉領域での会社経営や業界団体の運営等。 香川県出身。東京都在住。
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